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自閉症児の薬の服用
それにしても 私のこのブログ
「睡眠障害」の記事だけに 
やたらたくさんのブログ拍手を頂いており…@@

確かこのブログ拍手の機能って 
記事書いたときにはなかった…と思うのですが
更新滞っていたにも関わらず
こんな古い記事にアクセスして下さる方がいらっしゃるのは
どうやら「自閉症」+「睡眠障害」で検索しておいでになる方が多いからなのですね


それだけ 幼児期の発達障害のこども達には
睡眠に問題が出るケースが多く
お困りの方が多いということ…
ネットに情報を求められているのは
医療機関に相談されている方が少ないからなのでしょうか…
 
それとも 相談されていても 
なかなか薬では改善されないということ…?


あんくの睡眠障害は 薬の服用ではなく
4歳から保育園に通うようになって
生活習慣を整えることで就学の頃までには
夜中に起きることもほとんど無くなっていったので

薬の服用を考える切欠は睡眠のことではなかったのです


今回は 睡眠障害も含むお薬の服用のことでいただいたコメントだったので
これを機にあんくの薬の服用のことを振り返って
記事にしておこうと思い至りました


書き始めると長くなる予感… (; ̄ー ̄A


一度に書けないと思いますので…
薬を飲ませはじめた切欠と
その頃どう考えていたか…という辺りを 今日は書きたいと思います。

ちなみに…
あんくは 19歳の今も薬を飲んでいます
薬を飲んでいなかった期間は中2から高2の3年間と
卒業後の半年ほど…
ずっと同じ薬ではなく薬の種類は何度か変わっています

あんくの薬は多動や衝動的な行動で
向うべきことに集中できない…その症状の改善での服用が殆どでした


続きを読む

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更新
9月に薬の服用のことで昔の記事にコメントを寄せて下さっていましたが
その返信が 遅くなってしまいました

ごめんなさい…Kazさん…;;


お返事が遅すぎてもう解決済みだったら
それに越したことは無いのですが…


もしも あんくのことで何か参考になるようなことがあれば…と思い
今更ですが 書き残しておきたいと思います



何しろコメント頂いた記事自体5年以上前の記事で…
自分で何書いてたっけ…と 思うような…


昔の記事を読むと… 
うん… まあ… 本当に好き放題に書いていたので…
自分のテンションの高さに驚いたり…
失言もあったのかな…と


一つ前の記事に書いたように… 
誹謗的文章だと言われても仕方ないのかな…と
発信することが恐ろしくなったりもするのですが…


そう思われるような記事があるにしても


「心を痛めている」と手紙を送られた方からの連絡は未だ無く


お尋ねできるのなら詳細をお尋ねして
話し合えることなら話し合いたいと待っていますが
記事更新から2週間経っても手紙の方からのアクションは無いまま…

このままで更新するのも心苦しいですが
ブログを消したくない…という思いは譲れないので
管理人は引き続き
記事を読まれたお手紙の方…
お手紙の方に相談された方…からの連絡を待ちつつ
ブログの更新はしたいと考えています


アクセスして下さる方がいらっしゃる限り此処は消さずに
細々とですが…書き続ますので
懲りずにおつきあい頂けると嬉しく思います


なお ご意見やご感想、
お答えできるご質問や記事へのご要望には
時間がかかるかもしれませんが
出来る限り返信したいと思っていますので
コメントやメールフォームご利用頂ければ幸いです


相談にのって下さった方々に此処からも改めて感謝申し上げます


ご心配をお掛けしました


謝罪…? 誰に…?
ご無沙汰しております


長らく更新しておりませんでしたが
あんくも私も お陰様で元気に暮らしています



さて…

久しぶりの記事だというのにご挨拶もそこそこに
近況のお知らせもしないまま
いきなり戯言のような意味不明のタイトルで申し訳ありません



先日 住んでいるお寺の住職宛てに 一通の手紙が郵送されてきました


定型内の大きさの茶封筒に
宛名は 

 ○○寺(こちらのお寺の名前)住職 
  ○○ ○○(あんく父のフルネーム)様

と、ペン書きされた封書…

宛先の住所は日頃家としてもお寺としても使っていない
電話帳だけに記載されている敷地内の番地で届いていました

こちらが住所を知らせたり公開したりして
ご存知の方ではなさそうで

裏面には心当たりのない差出人名が苗字だけ…
併記された差出人住所は 
市町名(合併前の旧町名)までしか書かれていません



それでも住職宛てに届いた手紙だったので お寺関係の書類かと
あまり気にもとめずそのままあんく父に渡していました


ところが その手紙を開封したはあんく父・・・



 「・・・・・・・・


  ・・・・・・・・何だ?これっ!


  はあ~・・・・?何のことだよっ!」



と、突如 ただでさえよく通る声をいつにも増して張り上げ叫んだかと思うと
怪訝そうに封筒の裏表を交互に返しては
宛先と差出人名を確かめています

理由を尋ねると黙ってその手紙を私に差し出しました

中にはA4の再生紙?に筆書体でプリントアウトされた手紙が入っていました


内容は…
 

インターネットにこちらがどなたかを3年に渡って誹謗し続け?
その相手の方から相談を受けて自分も心を痛めている…?
と仰る同業者…らしき方からの忠告…? 


こちらの行いを非難し謝罪と話し合いを勧める手紙…


あんく父が困惑するのも無理もありません


あんく父 普段ネットには殆ど無縁で…
パソコンを使うのだって お寺関係の文書や新聞をつくる年に数回、
携帯のアドレス帳さえ

 使うのが面倒だ(使わない方が面倒だと思うのに…

なんて未だ番号を覚えて一つずつ指でキーを押して使うほどの超アナログ人間・・・

ネットと聞くだけで 毛嫌いするような人なのに
その自分が ネットで文章を発信して他人を貶している?…と
あり得ないことが書かれているのですから…


全く身に覚えのないこと…



ネットを利用しているこの家の人間…は限られています
こども達はネットに繋いで観たり聴いたり調べたり…
するにはするけれど
発信しているのは 私だけですから…


こどもの画像… お寺の画像…と言えば…


そう…このブログ……

此処しかありません…




あんく父は 私がネット上に文を綴っていることは知っているのですが
ブログがどういうものか・・
またその内容までは把握しておりません


でも 以前あんくに関わる活動の中で通信を発行していたことがありましたし
頼まれて他の通信等に原稿を書いたり
話をする機会を頂いたりしたこともこれまでにあり
それらは読んでいたので
私がブログにどういうことを書くのかも想像できる…と言います


日常の出来事の一つとして
あんく父の言動をブログのネタにしてみたり
見苦しいバトルの模様を晒したこともあったかもしれませんが

「世界中に発信してやる~!」と叫んでも

「おお! 書け書け! こっちも法話のネタにしてやる!」

と 家族の失態を平気で晒しても 笑いがとれればOK…と
いうような芸人もどきのお互いの暗黙のルールの下

自由に書いてきた此処…


現実の知り合いにも 公開したり
検索で偶然知ってアクセスして下さっていたりして
記事の感想を直に話して頂くこともことも少なくはありませんが
ネットを通じて知り合った方々とこのブログ上で交流したり
見ず知らずの方がコメントやメールで言葉を交わすことで

あんくの成長の喜びを一緒に喜んで頂いているように嬉しく思ったり
想いを共有でき喜んだり
温かな言葉に力を頂いたり
上手くいかないことには 助言や励ましを頂いたり

あんくと暮らして楽しいことばかりではなく
あんくや他の人との関係で苦悩したり
自身の至らなさや過去の後悔や反省も込め書いているので
お見苦しいところも沢山あるかもしれません…

決して綺麗なことばかりを書いてきたのではないから…
読まれた方が不快に思われたとしても不思議はないこと
こちらの間違いには「それは 違うでしょう」と
それを指摘しお叱りを受けたこと 
例えそれが 厳しい言葉であっても
記事の内容に関して届けて下さった言葉には
こちらも 受け止め言葉を返したいと思ってきました

自身の迷いには違う視点での見解や時には厳しい意見も頂き
気付かされたり 考える切欠を頂いたり
言葉を交わすことで 解り合ったり…
読んで下さった方々と心を通わせてきた大切な場所…

私の心のままに綴ってきた場所
嘘や事実と違うことを書いたつもりはありませんが
それもまた「一方的な解釈…」と言われてしまえば 
それはそうなのかもしれない…と 思わずにはいられませんでした


あんくとの日常や成長…
あんくの支援や 教育、福祉のことで私が学んだこと…
日々の出来事で思ったこと考えたこと…

それらを書き留め 公開することで 
決して平坦ではない自閉症の人達との暮らし…
文化の違いを越えて… いえ 違うからこその味わいも伝えられたら…
そんなことを考えて 書いていましたが

決して誰かを誹謗し攻撃しようとして書いてきたのでも
自分を正当化したいのでもありませんでした 

だから 届いた手紙に 驚き… 衝撃を受け
 

手紙にあるように 私が誹謗的文章を3年にも渡って流し続け
誰かを傷つけ 哀しませているのだとしたら
そのままには 出来ないと思いました


手紙の中にこの地域のお寺に住む方だと書いてあったので
同業者なら 旧町名と苗字だけでも簡単にみつかるのではないかと思い
タウンページを開いて 他の寺院に問い合わせてみることに…

小さな町のこと
宗派が同じなら近隣のお寺同士も顔馴染みでは…と考えたのですが
いくつかの寺院に問い合わせてみましたが
手紙の苗字のご住職はいずれも心当たりがないという回答 
電話の先ではわざわざ調べて下さったり 
観光協会に問い合わせてみては…と勧めて下さったり
お手間をおかけしたわけですが 
結局はみつからず
お手紙の主の方に直接お尋ねする道が途絶えてしまいました


 住所も名前も実在する方なのか…


 お寺に住んでいる…と書かれているけれど
 住職ではないのかも…

 お寺とは無関係なのかも…


 本当にこのブログのことだろうか… 



ますます解らなくなってしまいました



 君が書いたことに関しての手紙なら
 其処でで呼びかけてみれば…?


「悪戯ではないか」と憤慨していたあんく父も 
私がその手紙を読んで混乱している様子、
差出人の方を探そうとしていることを知ってそう勧め

相談に乗って頂いた方からも
疑心暗鬼になっているこちらの心を心配して
「思うことをブログ上に書いたらいい」と助言して下さり


こちらに手紙を公開させていただき、記事にすることに思い至りました。



お心当たりの方が この記事をご覧になったら
コメントでもブログサイドのメールフォームからでも構いません

すでにこちらの住所とあんく父を特定なさっているのなら
お手紙でもお電話でも結構です
今度はお返事させていただける範囲のご連絡先と差出人名を
お書き下さって再度ご連絡頂きますようお願い申し上げます


また アクセス下さった方でお気づきのことがございましたら
お知らせ頂けると 助かります


では… 追記に お手紙の全文掲載させて頂きます 



続きを読む

人選
 私情ならそれは 歩みを止める理由にはなりませんよ



奏さんが仰った



具体的な話をあまりたくさんしたわけではなかった



それでも私がグルグルしていることを彼女はすでに察して
モタモタと話し始めたその話を
睡眠不足だというのに長時間聞いて下さって
こちらの現状を的確に捉えて下さっていた

彼女の洞察力… 客観的な見解… いつもながら救われる。。
 
感情に流される自分に足らないもの…


他人の目線が必要だと師匠に言われたことを思い出す

親ばかりだと難しい、行き詰まる…と言われた先生の言葉を思い出す

奏さんも 仰って下さった


 先生(師匠)みたいな方がいらっしゃったら違ったでしょうね



それはもう… 本当にその通りで…
師匠が此処に居てくれたなら 
当然違っていただろうけれど…(;´▽`A``
自分の生活圏に居ない師匠に…それを望むことは叶わないことで…
 
今は先生よりさらに遠くに居る師匠に
遠くで療養中の月さんに
相談も出来ないまま…

だから 一人で考えていた…
十分すぎるくらい 休んでいたのだもの…


 後悔しているのですか?


ううん… 後悔はしていない…
あのままでは進めなかった


 罪悪感で動けないのですか?
 
 待っているのですか?


問われて…
ギクリとしてしまった

罪悪感… 無いわけではなかったから…


 その方はもう 別の道を選ばれた…

 だとしたら 待っていることは その方にも失礼なのではないですか?
 動けないのが その方の所為になってしまう


奏さんの指摘は 的を射ていた


 今は違う方向に向かっていらっしゃるのだとしても
 
 いつかまた交わる時が来るかもしれない


言われてまた思い出した


前身の活動をやめた時のこと…

あの時にも 先生は萎れる私に同じような言葉を残して下さった

そしてそれは現実になったのだもの…


だから今は 私は私で進めばいいんだと教えられた



奏さんの言葉に
先生や師匠や月さんに与えられたのと同じ勇気を頂いた



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退会
火曜会のメンバーと会っていた時、
ここは居心地がいい…と思った

比べる対象あってそう思うのかも知れない…

活動仲間と何年も行動を共にしてきたのに
時々…モヤモヤしたものを 感じずにはいられなかった

ただ大変な現状を語り合い、
「自分だけではない…」という安心を得たり慰め合ったり
他の誰かの無理解や心ない世間の対応を哀しみ批判してみても
社会的な支援の不足を嘆いたり充実を待っているだけでは
いつまで経っても 願う暮らしは得られないのではないかと思った

親だからこそ出来ること…
今だから出来ること…
たくさんあるのに…
支援の様子を実践例として語っても
「貴女だからできること…」
「貴女のこどもと私のこどもは違う…」
なんて言われてしまえば話はそれで終わる 

自分が持ち上げられたり
羨望を受けたりするような立場に居るとさらに居心地が悪くて仕方ない
賞賛されたいのでも 自慢がしたいのでもなく
ただ 一緒に成長していきたいと思っていた
押しつけるつもりもなく それぞれの環境の違い、こどもの違いにも
目を向けて慎重に言葉にしていた

あんく達自閉症の人達が 生きやすくなるように…
せめてその子と家族の多大な負担が減るように…

自分も悩みの渦中にあって…
話して心が軽くなったり 
痛みを分かち合って一時的に楽になることはあっても
それだけではいつまでもその暮らしにくさは変わらない…
代わりに支援してくれる人や場所をどれだけ持っても
ますます暮らしにくくなってしまう…それが現実

だからこそ 知恵を出し合い、切磋琢磨して 親子共に成長出来たら…と思ったのだ

覚悟を決めて向き合うことを続けてきた仲間は
その子との暮らしをマイナスにはしていない
幼児期、その子が居ては休めない…という暮らしだったとしても
成長に従ってその子が居ないと淋しい…と仰る
そういうご家族を何人も知っている

でも 会にはそういう方は少なかった

人を変えることは難しい…
自分が変わらなければ…
今も これからも学ぶことは沢山あるのではないかと思う
あんく達は今もこの先も成長し続けているのだから…
これで終わり…なんて私には思えなかった


だから 学習の場はこの先も必要だと思いたかった


それでももう それまでの形では無理だった


私は活動の意味を見失っていた


そしてあの日から1年半もの時間が経ってしまった


主治医の先生の講演会を最後に 地域での活動を脱退した


そのことを長く書けなかったのは そこからずっと動き出せずにいたから…


もちろん 卒業を控えたあんくの支援を休むわけにはいかないし、
個人的には志を失ったわけではなかった…
それでも 社会的には其処に心を残したまま… 
学習の場に身を置くことも少なくなった 
あんく一人の支援に活かすだけ
振り返り、立ち戻って考え続けていた


あの時行き着いたのは 結局最悪の想定…

活動組織の解散…それに近い形…?
いえ… もっと最悪だった


組織そのものは残った…
残したいという代表者の方の意向で…


意欲を失った仲間の意識をそのままの形で取り戻すことは
出来ない… だから変えようと提案した
提案したけれど… 


一方では名声や地位を手放したくないと…そう言われているように聞こえた


会員ではなくそちらを選ばれた結果…ということ


 一人として辞めてほしくない


そう仰っていたのに…

 
 ああ… 自分もまた駒に過ぎないのか…


そう思うと淋しかった 虚しかった
私が居たいと思えなくなってしまった


自分が辞めれば他の方々が辞めるだろうことも予測がついた
自惚れてそう思ったのではなく
メンバーの活動への不満を知っていたから…
活動方針が変わらなければ会員は離れていく…
変わらないまま続けたとして
私はもう 潰れそうだった…
とっくにキャパは越えていた


自分が壊したようなもの…



続きを読む

サブタイトル更新
サブタイトル、変えました…やっと (^▽^;)


「自閉症のこどものいる暮らし」…は 
管理人があんくが生まれる前…まだ学生の頃に熟読した
小児科医師 毛利子来氏の著書 
「赤ちゃんのいる暮らし」「幼いこのいる暮らし」
からいただいたサブタイトルでした

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(1990/05)
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新版 幼い子のいる暮らし新版 幼い子のいる暮らし
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今回のサブタイトルは
昔 あんくの療育先の親の学習会でテキストとして使っていた本…

 「大人になった自閉症児」 
 朝日新聞厚生文化事業団発行 
 1990年5月発行(当時500円)

当時 何度も繰り返し繰り返し…合い言葉のように聞いた
「20歳になってからの姿を見据えた療育や支援…」
20歳になったあんくに どんな暮らしを送ってほしいか…
この本をめくりながら イメージしていました

「働くこと」の意義、喜び、育てたい…と強く思ったのを覚えています。
遥か先のことと思っていたその時が だんだん近づいています

このガイドブックからいただいてネーミングしました^^;


歯科検診
本日は あんくの通う作業所で
歯科検診がありました。。

 へ~… 学校卒業しても
 歯科検診していただけるんだ…
 助かるな~ぁ

なんて 脳天気に喜んでいたのですが



あんく…

実は 歯医者ダメダメ…のまま 
学校卒業してしまいました・・・・・( ̄。 ̄ )ボソ...

あんくの医者嫌い…いえ 診察嫌いは
歯科受診に限ったことではありませんが…

医療機関全般、ついでに言うと保健機関も
あんくは超苦手~!!

幸か不幸か あんくはぐりやぐらに比べて
幼い頃から あまり病気らしい病気にかからず
怪我もせず 入院の経験もなく大きくなりました

病院に行くことといったら 予防接種や風邪を弾いた時
そして たった一度経験した小2の時の歯科治療…

病院に行く経験が 病院→痛い→恐怖
と あんくにインプットされていること
本当は解っていたのですが…

健康なのをいいことに
医療機関の受診の支援や練習をつい先延ばしにして
怠っていたのであります・・・ ((((_ _|||))))懺悔…

転ばぬ先の杖…が大事
あんく達自閉症の人達には 
失敗体験ではなく成功体験で学習してもらいましょう
…と
散々聞いてきたのに


一時期薬を服用していたこともあって
注射や痛い治療がない時に
通院の練習、診察の練習…なるものを試みた時期もあったものの
残念ながら 数えるほど…で挫折 
あんくの恐怖を緩和するまでには至らず
未だに 病院は どんなに注射が無くても治療が無くても
待合室から先になかなか進めないあんくです…

小学部の頃の通院の練習でさえ 
あんくにとっては相当の覚悟だったようで
診察室に入ってからのスケジュールを示して
注射がないことや聴診器が終わったら終わり…だとか
終わったら ご褒美…を視覚的に示したり
中に絵本を持ち込んで気を紛らわしたり…

が… その場しのぎの対応に過ぎず 
継続して練習しなかったことはやはり 
慣れたり克服したり出来ないもので
通院の練習は 
母があんくにし残してしまった支援の中でも最大のこと…


日頃お世話になっている先輩お母さん方や
仲良くしていただいている 同じ自閉症児の親仲間の皆さんは
小さな頃から ちゃ~んとそれぞれのお子さまに合った
支援や手立て…練習をなさって 
あんくくらいの年齢になったら 
怖がらずに受信出来るようになった…と


そんな実践例をいくつも聞きながら…
聞いていながら… 
後回しにしてきたツケがこの有様… (≡д≡)


それでも 学校での身体測定や検診の時には
恐らく視覚的な支援や事前の練習をしつつ
先生方の根気強い対応によって何とか診ていただけていた…
ということだけは 
学校から頂く報告から把握していました
それに望みを繋いで…

続きを読む

プロフィール

niccorin /あんく(写真)

Author:niccorin /あんく(写真)
重い知的障害を伴う自閉症少年あんく♪あんくの謎の世界との交信を日夜企てる母niccorinが管理人です。
弟:ぐり 妹:ぐら
父と祖母の6人家族

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