ペアレントメンター養成基礎講座2
2009.09.10 *Thu
さて、最大限のコネを駆使して掴み取った(?)
ペアレントメンター養成基礎講座の受講の日、
自宅ではその日は家業の予定がある日でした
私が居なくても どうにかなる仕事でしたが
あんくが 数時間一人になる時間が出来てしまい
あんくを残しては行けない空気…
ショートステイの申し込みも間に合わず
久しぶりに 管理人の実家を頼ることに…
実家経由、会場行き…
実家に着くやあんくは 凄い勢いで実家へと入っていきました。。
「あんく、いってきま〜す」
呼びかけても すでに心はお祖母ちゃん家
「あんく! いってきます!」
あんくの前に 回り込んでしつこく言う
あんく、面倒臭そうに
「いってらっしゃい いってらっしゃい」
見向きもしません… つれない…(;_q))
管理人、めげずに 無理矢理ハイタッチ ( ̄− ̄メ)
家を出て3時間…
久しぶりの長距離、高速道路の運転で
ついついアクセルを余分に踏み込んでしまいます (暴走族 復活…(^▽^;)
…というわけで 意外に早く到着。。
会場の駐車場が一杯だったので 隣の大型ショッピングモールに車を駐車
時間があったので
のんびりショッピングモールをウィンドウショッピングして時間を潰していて
中にあるカフェで コーヒーでも飲もうと入る。。
ふと 携帯を見ると
Σ(゜◇゜;) ゲッ…
受付時間 すでに始まっているではないですか!!!
車の時計が壊れていたのでした ...( = =)
慌てて コーヒーを流し込み
会場へダッシュ! =ε=ε=ε=ε=ε=ε=(;-_-)/
(^u^;)ハァハァゼェゼェ…
結局 ギリギリにバタバタする…といういつものパターン ...( = =)
始まる5分前でした _( -"-)_セーフ!
ペアレントメンター養成基礎講座の受講の日、
自宅ではその日は家業の予定がある日でした
私が居なくても どうにかなる仕事でしたが
あんくが 数時間一人になる時間が出来てしまい
あんくを残しては行けない空気…
ショートステイの申し込みも間に合わず
久しぶりに 管理人の実家を頼ることに…
実家経由、会場行き…
実家に着くやあんくは 凄い勢いで実家へと入っていきました。。
「あんく、いってきま〜す」
呼びかけても すでに心はお祖母ちゃん家
「あんく! いってきます!」
あんくの前に 回り込んでしつこく言う
あんく、面倒臭そうに
「いってらっしゃい いってらっしゃい」
見向きもしません… つれない…(;_q))
管理人、めげずに 無理矢理ハイタッチ ( ̄− ̄メ)
家を出て3時間…
久しぶりの長距離、高速道路の運転で
ついついアクセルを余分に踏み込んでしまいます (暴走族 復活…(^▽^;)
…というわけで 意外に早く到着。。
会場の駐車場が一杯だったので 隣の大型ショッピングモールに車を駐車
時間があったので
のんびりショッピングモールをウィンドウショッピングして時間を潰していて
中にあるカフェで コーヒーでも飲もうと入る。。
ふと 携帯を見ると
Σ(゜◇゜;) ゲッ…
受付時間 すでに始まっているではないですか!!!
車の時計が壊れていたのでした ...( = =)
慌てて コーヒーを流し込み
会場へダッシュ! =ε=ε=ε=ε=ε=ε=(;-_-)/
(^u^;)ハァハァゼェゼェ…
結局 ギリギリにバタバタする…といういつものパターン ...( = =)
始まる5分前でした _( -"-)_セーフ!
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ペアレントメンター養成講座
2009.09.08 *Tue
…に 行ってきました
昨年隣の県で開催されたのですが
受講出来る状況になく断念した講座
ペアレントメンターとは 自閉症(発達障害に拡大されつつあるとか…)児の親による
自閉症児(発達障害児含む?)の親の為の相談を受ける人…のことらしいです
正式な資格ではないそうですが
そう少なくはない発達障害児の親御さんの悩みに
同じ親の立場でお話をお聞きすることは
これまでも少なくなかったので
是非とも 知っておきたいな〜…と 思っていた内容の勉強でした
今年はなんと 県内での開催!!(…とは言え 同じくらい遠いけれど…)
県の自閉症・発達支援センターの主催です
案内をいただいたのは7月の中旬
あんくが小学部中学年の頃に出来中学部までお世話になっていた
地域にたった一つのコミュニケーション発達支援センター、
当時担当して下さったN先生からの案内でした
活動にも 都度お力添えをいただき、
あんくの卒業前の移行支援会議にも出席していただいた
また あんくの思春期のさしかかりの
大混乱期にも ご指導いただいた…あのN先生
こうして思い返してみれば
ここでの数年間も あんくの成長にはとても大きかったです
就学前に通った隣の県での療育と方針もさほど違わず
あんくに必要な支援を 都度提案して下さり
あんくが 学校に行けなくなるのでは…というほど状態の悪かったあの頃
担任の先生と疎通をとって助言して下さったのもN先生でした
県外の学校に通っていたから受けられた
教育や福祉サービスもたくさんありましたが
県内の学校に居ないことでデメリットとなる
不足しがちな居住地での情報や繋がり…
それを補うことが出来たのも
この支援センターや 活動の場があったからこそでした
数年前、大きくなった新しい支援センターにいらっしゃったN先生ですが
春から 県の発達支援センターの地域センターのような機関が新しく出来
今度はそこで ご活躍とのこと
ご案内いただいたことも嬉しかったですが
今もこうして この地域のこの業界(?)の第一線でのご活躍を
とても嬉しく 早速電話にてお礼と
申し込みをしますとの報告を入れていたところ…
でもでも…
案内をよくよく見れば 募集定員はたった15名
県の広域で案内されている中でのたった15名
その上親の会の代表者の推薦…というのが条件になっているではありませんか
||||||||||||||(* ̄ロ ̄)ガーン||||||||||||||||
去年、某自閉症の支援団体の地域組織を退会し
籍は本部に置いておりそこからの情報は得ているものの
社会的な活動の場は失ったまま…
他に所属しているのは TEACCHプログラム研究会だけで
これこそ 今や幽霊会員に近い状態 ...( = =)
それに 親の会ではない…
そんな自分には参加資格ないのでは〜…… (|||_|||)ということに落胆。。
そうして グズグズ迷っていたのでした
そんな時、奏さんの言葉に触れ、
いつまでも足を止めているわけにはいかない…
と奮起して ようやく動き出す決意をした管理人
実は 前々から隣の県の自閉症支援団体の方から
入会のお誘いをいただいていたのでした。。
火曜日の会のメンバーも所属し
PECSの学習会の方々も所属されている
そちらの団体に入れていただくことを
どうして躊躇していたのか…
変えることができなかったこちらの活動組織…への未練ではなく
個人的な人間関係の焦燥…
喧嘩だとか対立とかそんなものではなく
目指す方向の違いだと 私は思いたかった
違い…と認識しながら
待っていた自分が間違っていたのだと気付かされたから
だからもう 迷うことはない…
お盆が過ぎ、気づけば申し込みの期日ギリギリでした
籍を置いている本部に連絡し、
隣の県の地方団体の方に移動を申し出たところ
その手続きは思ったより面倒な様子 … ・・・(゜_゜i)
できれば 来年度からにしてほしい…と言われ
しかし、昨年集団で地方団体を退会した折りにも相談にのっていただいていた
事務局のTさんだったので事情を話すと
メンターの申込状況を発達支援センターにして下さる…と
入会しようとしている隣の県の団体の幹部の方に連絡をとってくださると仰る
(゜ロ゜;)エェッ!?
と、こちらが驚いている間に
Tさんは 一旦電話を置いて待つように…と
念のため移籍を連絡…のつもりが とんだお手数をおかけすることに…
でもでも…
実際メンターは 申し込み殺到状態で
やはり会の推薦があった方がよい様子とのこと…
隣の県の某団体の幹部の方は
学習会や講演会、療育時代の先輩としてもいつもお世話になっているHさんだった
しばらくしてHさんが推薦状を書いて下さるので…との連絡を改めて下さった
そうして 申込期日ギリギリに入会のお願いをし、
センターに申し込み書を送ることができた
本当は案内をいただいた時点でN先生が推薦して下さっていたのかもしれない
それでも N先生に地方団体を退会したことを話した覚えがなかった
後日聞けば Hさんが推薦状を書かれる予定が
たまたま この度のメンター養成講座の講師の先生と連絡をとられることがあって
その先生に 直接こちらの参加のお願いをした…とお聞きする…
(゜゜;)エエッ
と さらに驚く…
こうして お世話になってきた方々の人脈に頼って
さらに お手を煩わせ
今回のペアレントメンター養成基礎講座の参加許可をいただいたのでした
せっかくの機会、これを再起の切欠にしよう・・ そう思った出来事でした
昨年隣の県で開催されたのですが
受講出来る状況になく断念した講座
ペアレントメンターとは 自閉症(発達障害に拡大されつつあるとか…)児の親による
自閉症児(発達障害児含む?)の親の為の相談を受ける人…のことらしいです
正式な資格ではないそうですが
そう少なくはない発達障害児の親御さんの悩みに
同じ親の立場でお話をお聞きすることは
これまでも少なくなかったので
是非とも 知っておきたいな〜…と 思っていた内容の勉強でした
今年はなんと 県内での開催!!(…とは言え 同じくらい遠いけれど…)
県の自閉症・発達支援センターの主催です
案内をいただいたのは7月の中旬
あんくが小学部中学年の頃に出来中学部までお世話になっていた
地域にたった一つのコミュニケーション発達支援センター、
当時担当して下さったN先生からの案内でした
活動にも 都度お力添えをいただき、
あんくの卒業前の移行支援会議にも出席していただいた
また あんくの思春期のさしかかりの
大混乱期にも ご指導いただいた…あのN先生
こうして思い返してみれば
ここでの数年間も あんくの成長にはとても大きかったです
就学前に通った隣の県での療育と方針もさほど違わず
あんくに必要な支援を 都度提案して下さり
あんくが 学校に行けなくなるのでは…というほど状態の悪かったあの頃
担任の先生と疎通をとって助言して下さったのもN先生でした
県外の学校に通っていたから受けられた
教育や福祉サービスもたくさんありましたが
県内の学校に居ないことでデメリットとなる
不足しがちな居住地での情報や繋がり…
それを補うことが出来たのも
この支援センターや 活動の場があったからこそでした
数年前、大きくなった新しい支援センターにいらっしゃったN先生ですが
春から 県の発達支援センターの地域センターのような機関が新しく出来
今度はそこで ご活躍とのこと
ご案内いただいたことも嬉しかったですが
今もこうして この地域のこの業界(?)の第一線でのご活躍を
とても嬉しく 早速電話にてお礼と
申し込みをしますとの報告を入れていたところ…
でもでも…
案内をよくよく見れば 募集定員はたった15名
県の広域で案内されている中でのたった15名
その上親の会の代表者の推薦…というのが条件になっているではありませんか
||||||||||||||(* ̄ロ ̄)ガーン||||||||||||||||
去年、某自閉症の支援団体の地域組織を退会し
籍は本部に置いておりそこからの情報は得ているものの
社会的な活動の場は失ったまま…
他に所属しているのは TEACCHプログラム研究会だけで
これこそ 今や幽霊会員に近い状態 ...( = =)
それに 親の会ではない…
そんな自分には参加資格ないのでは〜…… (|||_|||)ということに落胆。。
そうして グズグズ迷っていたのでした
そんな時、奏さんの言葉に触れ、
いつまでも足を止めているわけにはいかない…
と奮起して ようやく動き出す決意をした管理人
実は 前々から隣の県の自閉症支援団体の方から
入会のお誘いをいただいていたのでした。。
火曜日の会のメンバーも所属し
PECSの学習会の方々も所属されている
そちらの団体に入れていただくことを
どうして躊躇していたのか…
変えることができなかったこちらの活動組織…への未練ではなく
個人的な人間関係の焦燥…
喧嘩だとか対立とかそんなものではなく
目指す方向の違いだと 私は思いたかった
違い…と認識しながら
待っていた自分が間違っていたのだと気付かされたから
だからもう 迷うことはない…
お盆が過ぎ、気づけば申し込みの期日ギリギリでした
籍を置いている本部に連絡し、
隣の県の地方団体の方に移動を申し出たところ
その手続きは思ったより面倒な様子 … ・・・(゜_゜i)
できれば 来年度からにしてほしい…と言われ
しかし、昨年集団で地方団体を退会した折りにも相談にのっていただいていた
事務局のTさんだったので事情を話すと
メンターの申込状況を発達支援センターにして下さる…と
入会しようとしている隣の県の団体の幹部の方に連絡をとってくださると仰る
(゜ロ゜;)エェッ!?
と、こちらが驚いている間に
Tさんは 一旦電話を置いて待つように…と
念のため移籍を連絡…のつもりが とんだお手数をおかけすることに…
でもでも…
実際メンターは 申し込み殺到状態で
やはり会の推薦があった方がよい様子とのこと…
隣の県の某団体の幹部の方は
学習会や講演会、療育時代の先輩としてもいつもお世話になっているHさんだった
しばらくしてHさんが推薦状を書いて下さるので…との連絡を改めて下さった
そうして 申込期日ギリギリに入会のお願いをし、
センターに申し込み書を送ることができた
本当は案内をいただいた時点でN先生が推薦して下さっていたのかもしれない
それでも N先生に地方団体を退会したことを話した覚えがなかった
後日聞けば Hさんが推薦状を書かれる予定が
たまたま この度のメンター養成講座の講師の先生と連絡をとられることがあって
その先生に 直接こちらの参加のお願いをした…とお聞きする…
(゜゜;)エエッ
と さらに驚く…
こうして お世話になってきた方々の人脈に頼って
さらに お手を煩わせ
今回のペアレントメンター養成基礎講座の参加許可をいただいたのでした
せっかくの機会、これを再起の切欠にしよう・・ そう思った出来事でした
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人選
2009.08.24 *Mon
私情ならそれは 歩みを止める理由にはなりませんよ
奏さんが仰った
具体的な話をあまりたくさんしたわけではなかった
それでも私がグルグルしていることを彼女はすでに察して
モタモタと話し始めたその話を
睡眠不足だというのに長時間聞いて下さって
こちらの現状を的確に捉えて下さっていた
彼女の洞察力… 客観的な見解… いつもながら救われる。。
感情に流される自分に足らないもの…
他人の目線が必要だと師匠に言われたことを思い出す
親ばかりだと難しい、行き詰まる…と言われた先生の言葉を思い出す
奏さんも 仰って下さった
先生(師匠)みたいな方がいらっしゃったら違ったでしょうね
それはもう… 本当にその通りで…
師匠が此処に居てくれたなら
当然違っていただろうけれど…(;´▽`A``
自分の生活圏に居ない師匠に…それを望むことは叶わないことで…
今は先生よりさらに遠くに居る師匠に
遠くで療養中の月さんに
相談も出来ないまま…
だから 一人で考えていた…
十分すぎるくらい 休んでいたのだもの…
後悔しているのですか?
ううん… 後悔はしていない…
あのままでは進めなかった
罪悪感で動けないのですか?
待っているのですか?
問われて…
ギクリとしてしまった
罪悪感… 無いわけではなかったから…
その方はもう 別の道を選ばれた…
だとしたら 待っていることは その方にも失礼なのではないですか?
動けないのが その方の所為になってしまう
奏さんの指摘は 的を射ていた
今は違う方向に向かっていらっしゃるのだとしても
いつかまた交わる時が来るかもしれない
言われてまた思い出した
前身の活動をやめた時のこと…
あの時にも 先生は萎れる私に同じような言葉を残して下さった
そしてそれは現実になったのだもの…
だから今は 私は私で進めばいいんだと教えられた
奏さんの言葉に
先生や師匠や月さんに与えられたのと同じ勇気を頂いた
奏さんが仰った
具体的な話をあまりたくさんしたわけではなかった
それでも私がグルグルしていることを彼女はすでに察して
モタモタと話し始めたその話を
睡眠不足だというのに長時間聞いて下さって
こちらの現状を的確に捉えて下さっていた
彼女の洞察力… 客観的な見解… いつもながら救われる。。
感情に流される自分に足らないもの…
他人の目線が必要だと師匠に言われたことを思い出す
親ばかりだと難しい、行き詰まる…と言われた先生の言葉を思い出す
奏さんも 仰って下さった
先生(師匠)みたいな方がいらっしゃったら違ったでしょうね
それはもう… 本当にその通りで…
師匠が此処に居てくれたなら
当然違っていただろうけれど…(;´▽`A``
自分の生活圏に居ない師匠に…それを望むことは叶わないことで…
今は先生よりさらに遠くに居る師匠に
遠くで療養中の月さんに
相談も出来ないまま…
だから 一人で考えていた…
十分すぎるくらい 休んでいたのだもの…
後悔しているのですか?
ううん… 後悔はしていない…
あのままでは進めなかった
罪悪感で動けないのですか?
待っているのですか?
問われて…
ギクリとしてしまった
罪悪感… 無いわけではなかったから…
その方はもう 別の道を選ばれた…
だとしたら 待っていることは その方にも失礼なのではないですか?
動けないのが その方の所為になってしまう
奏さんの指摘は 的を射ていた
今は違う方向に向かっていらっしゃるのだとしても
いつかまた交わる時が来るかもしれない
言われてまた思い出した
前身の活動をやめた時のこと…
あの時にも 先生は萎れる私に同じような言葉を残して下さった
そしてそれは現実になったのだもの…
だから今は 私は私で進めばいいんだと教えられた
奏さんの言葉に
先生や師匠や月さんに与えられたのと同じ勇気を頂いた
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退会
2009.08.24 *Mon
火曜会のメンバーと会っていた時、
ここは居心地がいい…と思った
比べる対象あってそう思うのかも知れない…
活動仲間と何年も行動を共にしてきたのに
時々…モヤモヤしたものを 感じずにはいられなかった
ただ大変な現状を語り合い、
「自分だけではない…」という安心を得たり慰め合ったり
他の誰かの無理解や心ない世間の対応を哀しみ批判してみても
社会的な支援の不足を嘆いたり充実を待っているだけでは
いつまで経っても 願う暮らしは得られないのではないかと思った
親だからこそ出来ること…
今だから出来ること…
たくさんあるのに…
支援の様子を実践例として語っても
「貴女だからできること…」
「貴女のこどもと私のこどもは違う…」
なんて言われてしまえば話はそれで終わる
自分が持ち上げられたり
羨望を受けたりするような立場に居るとさらに居心地が悪くて仕方ない
賞賛されたいのでも 自慢がしたいのでもなく
ただ 一緒に成長していきたいと思っていた
押しつけるつもりもなく それぞれの環境の違い、こどもの違いにも
目を向けて慎重に言葉にしていた
あんく達自閉症の人達が 生きやすくなるように…
せめてその子と家族の多大な負担が減るように…
自分も悩みの渦中にあって…
話して心が軽くなったり
痛みを分かち合って一時的に楽になることはあっても
それだけではいつまでもその暮らしにくさは変わらない…
代わりに支援してくれる人や場所をどれだけ持っても
ますます暮らしにくくなってしまう…それが現実
だからこそ 知恵を出し合い、切磋琢磨して 親子共に成長出来たら…と思ったのだ
覚悟を決めて向き合うことを続けてきた仲間は
その子との暮らしをマイナスにはしていない
幼児期、その子が居ては休めない…という暮らしだったとしても
成長に従ってその子が居ないと淋しい…と仰る
そういうご家族を何人も知っている
でも 会にはそういう方は少なかった
人を変えることは難しい…
自分が変わらなければ…
今も これからも学ぶことは沢山あるのではないかと思う
あんく達は今もこの先も成長し続けているのだから…
これで終わり…なんて私には思えなかった
だから 学習の場はこの先も必要だと思いたかった
それでももう それまでの形では無理だった
私は活動の意味を見失っていた
そしてあの日から1年半もの時間が経ってしまった
主治医の先生の講演会を最後に 地域での活動を脱退した
そのことを長く書けなかったのは そこからずっと動き出せずにいたから…
もちろん 卒業を控えたあんくの支援を休むわけにはいかないし、
個人的には志を失ったわけではなかった…
それでも 社会的には其処に心を残したまま…
学習の場に身を置くことも少なくなった
あんく一人の支援に活かすだけ
振り返り、立ち戻って考え続けていた
あの時行き着いたのは 結局最悪の想定…
活動組織の解散…それに近い形…?
いえ… もっと最悪だった
組織そのものは残った…
残したいという代表者の方の意向で…
意欲を失った仲間の意識をそのままの形で取り戻すことは
出来ない… だから変えようと提案した
提案したけれど…
一方では名声や地位を手放したくないと…そう言われているように聞こえた
会員ではなくそちらを選ばれた結果…ということ
一人として辞めてほしくない
そう仰っていたのに…
ああ… 自分もまた駒に過ぎないのか…
そう思うと淋しかった 虚しかった
私が居たいと思えなくなってしまった
自分が辞めれば他の方々が辞めるだろうことも予測がついた
自惚れてそう思ったのではなく
メンバーの活動への不満を知っていたから…
活動方針が変わらなければ会員は離れていく…
変わらないまま続けたとして
私はもう 潰れそうだった…
とっくにキャパは越えていた
自分が壊したようなもの…
ここは居心地がいい…と思った
比べる対象あってそう思うのかも知れない…
活動仲間と何年も行動を共にしてきたのに
時々…モヤモヤしたものを 感じずにはいられなかった
ただ大変な現状を語り合い、
「自分だけではない…」という安心を得たり慰め合ったり
他の誰かの無理解や心ない世間の対応を哀しみ批判してみても
社会的な支援の不足を嘆いたり充実を待っているだけでは
いつまで経っても 願う暮らしは得られないのではないかと思った
親だからこそ出来ること…
今だから出来ること…
たくさんあるのに…
支援の様子を実践例として語っても
「貴女だからできること…」
「貴女のこどもと私のこどもは違う…」
なんて言われてしまえば話はそれで終わる
自分が持ち上げられたり
羨望を受けたりするような立場に居るとさらに居心地が悪くて仕方ない
賞賛されたいのでも 自慢がしたいのでもなく
ただ 一緒に成長していきたいと思っていた
押しつけるつもりもなく それぞれの環境の違い、こどもの違いにも
目を向けて慎重に言葉にしていた
あんく達自閉症の人達が 生きやすくなるように…
せめてその子と家族の多大な負担が減るように…
自分も悩みの渦中にあって…
話して心が軽くなったり
痛みを分かち合って一時的に楽になることはあっても
それだけではいつまでもその暮らしにくさは変わらない…
代わりに支援してくれる人や場所をどれだけ持っても
ますます暮らしにくくなってしまう…それが現実
だからこそ 知恵を出し合い、切磋琢磨して 親子共に成長出来たら…と思ったのだ
覚悟を決めて向き合うことを続けてきた仲間は
その子との暮らしをマイナスにはしていない
幼児期、その子が居ては休めない…という暮らしだったとしても
成長に従ってその子が居ないと淋しい…と仰る
そういうご家族を何人も知っている
でも 会にはそういう方は少なかった
人を変えることは難しい…
自分が変わらなければ…
今も これからも学ぶことは沢山あるのではないかと思う
あんく達は今もこの先も成長し続けているのだから…
これで終わり…なんて私には思えなかった
だから 学習の場はこの先も必要だと思いたかった
それでももう それまでの形では無理だった
私は活動の意味を見失っていた
そしてあの日から1年半もの時間が経ってしまった
主治医の先生の講演会を最後に 地域での活動を脱退した
そのことを長く書けなかったのは そこからずっと動き出せずにいたから…
もちろん 卒業を控えたあんくの支援を休むわけにはいかないし、
個人的には志を失ったわけではなかった…
それでも 社会的には其処に心を残したまま…
学習の場に身を置くことも少なくなった
あんく一人の支援に活かすだけ
振り返り、立ち戻って考え続けていた
あの時行き着いたのは 結局最悪の想定…
活動組織の解散…それに近い形…?
いえ… もっと最悪だった
組織そのものは残った…
残したいという代表者の方の意向で…
意欲を失った仲間の意識をそのままの形で取り戻すことは
出来ない… だから変えようと提案した
提案したけれど…
一方では名声や地位を手放したくないと…そう言われているように聞こえた
会員ではなくそちらを選ばれた結果…ということ
一人として辞めてほしくない
そう仰っていたのに…
ああ… 自分もまた駒に過ぎないのか…
そう思うと淋しかった 虚しかった
私が居たいと思えなくなってしまった
自分が辞めれば他の方々が辞めるだろうことも予測がついた
自惚れてそう思ったのではなく
メンバーの活動への不満を知っていたから…
活動方針が変わらなければ会員は離れていく…
変わらないまま続けたとして
私はもう 潰れそうだった…
とっくにキャパは越えていた
自分が壊したようなもの…
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サブタイトル更新
2009.07.31 *Fri
サブタイトル、変えました…やっと (^▽^;)
「自閉症のこどものいる暮らし」…は
管理人があんくが生まれる前…まだ学生の頃に熟読した
小児科医師 毛利子来氏の著書
「赤ちゃんのいる暮らし」「幼いこのいる暮らし」
からいただいたサブタイトルでした
今回のサブタイトルは
昔 あんくの療育先の親の学習会でテキストとして使っていた本…
「大人になった自閉症児」
朝日新聞厚生文化事業団発行
1990年5月発行(当時500円)
当時 何度も繰り返し繰り返し…合い言葉のように聞いた
「20歳になってからの姿を見据えた療育や支援…」
20歳になったあんくに どんな暮らしを送ってほしいか…
この本をめくりながら イメージしていました
「働くこと」の意義、喜び、育てたい…と強く思ったのを覚えています。
遥か先のことと思っていたその時が だんだん近づいています
このガイドブックからいただいてネーミングしました^^;
「自閉症のこどものいる暮らし」…は
管理人があんくが生まれる前…まだ学生の頃に熟読した
小児科医師 毛利子来氏の著書
「赤ちゃんのいる暮らし」「幼いこのいる暮らし」
からいただいたサブタイトルでした
![]() | 新版 赤ちゃんのいる暮らし (1990/05) 毛利 子来 商品詳細を見る |
![]() | 新版 幼い子のいる暮らし (1990/08) 毛利 子来 商品詳細を見る |
今回のサブタイトルは
昔 あんくの療育先の親の学習会でテキストとして使っていた本…
「大人になった自閉症児」
朝日新聞厚生文化事業団発行
1990年5月発行(当時500円)
当時 何度も繰り返し繰り返し…合い言葉のように聞いた
「20歳になってからの姿を見据えた療育や支援…」
20歳になったあんくに どんな暮らしを送ってほしいか…
この本をめくりながら イメージしていました
「働くこと」の意義、喜び、育てたい…と強く思ったのを覚えています。
遥か先のことと思っていたその時が だんだん近づいています
このガイドブックからいただいてネーミングしました^^;
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歯科検診
2009.07.29 *Wed
本日は あんくの通う作業所で
歯科検診がありました。。
へ〜… 学校卒業しても
歯科検診していただけるんだ…
助かるな〜ぁ
なんて 脳天気に喜んでいたのですが
あんく…
実は 歯医者ダメダメ…のまま
学校卒業してしまいました・・・・・( ̄。 ̄ )ボソ...
あんくの医者嫌い…いえ 診察嫌いは
歯科受診に限ったことではありませんが…
医療機関全般、ついでに言うと保健機関も
あんくは超苦手〜!!
幸か不幸か あんくはぐりやぐらに比べて
幼い頃から あまり病気らしい病気にかからず
怪我もせず 入院の経験もなく大きくなりました
病院に行くことといったら 予防接種や風邪を弾いた時
そして たった一度経験した小2の時の歯科治療…
病院に行く経験が 病院→痛い→恐怖
と あんくにインプットされていること
本当は解っていたのですが…
健康なのをいいことに
医療機関の受診の支援や練習をつい先延ばしにして
怠っていたのであります・・・ ((((_ _|||))))懺悔…
転ばぬ先の杖…が大事
あんく達自閉症の人達には
失敗体験ではなく成功体験で学習してもらいましょう…と
散々聞いてきたのに
一時期薬を服用していたこともあって
注射や痛い治療がない時に
通院の練習、診察の練習…なるものを試みた時期もあったものの
残念ながら 数えるほど…で挫折
あんくの恐怖を緩和するまでには至らず
未だに 病院は どんなに注射が無くても治療が無くても
待合室から先になかなか進めないあんくです…
小学部の頃の通院の練習でさえ
あんくにとっては相当の覚悟だったようで
診察室に入ってからのスケジュールを示して
注射がないことや聴診器が終わったら終わり…だとか
終わったら ご褒美…を視覚的に示したり
中に絵本を持ち込んで気を紛らわしたり…
が… その場しのぎの対応に過ぎず
継続して練習しなかったことはやはり
慣れたり克服したり出来ないもので
通院の練習は
母があんくにし残してしまった支援の中でも最大のこと…
日頃お世話になっている先輩お母さん方や
仲良くしていただいている 同じ自閉症児の親仲間の皆さんは
小さな頃から ちゃ〜んとそれぞれのお子さまに合った
支援や手立て…練習をなさって
あんくくらいの年齢になったら
怖がらずに受信出来るようになった…と
そんな実践例をいくつも聞きながら…
聞いていながら…
後回しにしてきたツケがこの有様… (≡д≡)
それでも 学校での身体測定や検診の時には
恐らく視覚的な支援や事前の練習をしつつ
先生方の根気強い対応によって何とか診ていただけていた…
ということだけは
学校から頂く報告から把握していました
それに望みを繋いで…
歯科検診がありました。。
へ〜… 学校卒業しても
歯科検診していただけるんだ…
助かるな〜ぁ
なんて 脳天気に喜んでいたのですが
あんく…
実は 歯医者ダメダメ…のまま
学校卒業してしまいました・・・・・( ̄。 ̄ )ボソ...
あんくの医者嫌い…いえ 診察嫌いは
歯科受診に限ったことではありませんが…
医療機関全般、ついでに言うと保健機関も
あんくは超苦手〜!!
幸か不幸か あんくはぐりやぐらに比べて
幼い頃から あまり病気らしい病気にかからず
怪我もせず 入院の経験もなく大きくなりました
病院に行くことといったら 予防接種や風邪を弾いた時
そして たった一度経験した小2の時の歯科治療…
病院に行く経験が 病院→痛い→恐怖
と あんくにインプットされていること
本当は解っていたのですが…
健康なのをいいことに
医療機関の受診の支援や練習をつい先延ばしにして
怠っていたのであります・・・ ((((_ _|||))))懺悔…
転ばぬ先の杖…が大事
あんく達自閉症の人達には
失敗体験ではなく成功体験で学習してもらいましょう…と
散々聞いてきたのに
一時期薬を服用していたこともあって
注射や痛い治療がない時に
通院の練習、診察の練習…なるものを試みた時期もあったものの
残念ながら 数えるほど…で挫折
あんくの恐怖を緩和するまでには至らず
未だに 病院は どんなに注射が無くても治療が無くても
待合室から先になかなか進めないあんくです…
小学部の頃の通院の練習でさえ
あんくにとっては相当の覚悟だったようで
診察室に入ってからのスケジュールを示して
注射がないことや聴診器が終わったら終わり…だとか
終わったら ご褒美…を視覚的に示したり
中に絵本を持ち込んで気を紛らわしたり…
が… その場しのぎの対応に過ぎず
継続して練習しなかったことはやはり
慣れたり克服したり出来ないもので
通院の練習は
母があんくにし残してしまった支援の中でも最大のこと…
日頃お世話になっている先輩お母さん方や
仲良くしていただいている 同じ自閉症児の親仲間の皆さんは
小さな頃から ちゃ〜んとそれぞれのお子さまに合った
支援や手立て…練習をなさって
あんくくらいの年齢になったら
怖がらずに受信出来るようになった…と
そんな実践例をいくつも聞きながら…
聞いていながら…
後回しにしてきたツケがこの有様… (≡д≡)
それでも 学校での身体測定や検診の時には
恐らく視覚的な支援や事前の練習をしつつ
先生方の根気強い対応によって何とか診ていただけていた…
ということだけは
学校から頂く報告から把握していました
それに望みを繋いで…
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火曜日の会
2009.07.23 *Thu
先日もう10年以上の付き合いになる
あんくの幼児期に通っていた療育で知り合った通称火曜日の会のメンバーと
久しぶりに会う…
毎週火曜日に療育があったから…
就学後も火曜日に時々集まっていたからそのまま「火曜日の会」…
単純なネーミングだけれど…(; ̄ー ̄A
うち二人は
つい先日も別の会合で顔を合わせたばかりだったけれど
あんく達の実際の療育や支援のより実践的な話は
やっぱりこのメンバーでなくっちゃ…??
と、今回この場を設けてくださった方の言葉をお借りする
あんくの幼児期も育ちも現状もご存知だからこその指摘も容赦なく
甘いことを言っていると 厳し〜い意見やお叱りを受けるのも常で…
お世辞や上っ面の対応ではなく
支援の実戦に繋がる具体的な助言や有用な情報をいただける
このメンバーでは 同期の療育の親の仲間だけれど
支援の実践においては特に教わることが多い…
自身の実践を語っても無関心に流されたり
ただ賞賛を受けたり持ち上げられて終わり…なんてことはない
少しでも成長が見られたら 一緒に喜び、参考にし合い、
失敗も悩みも語ることがそのまま学びに繋がる
その関係は今も変わりなく
だからこそ違和感もなく居られたのだな…と思う
居心地がいい…
人付き合いが苦手な私にこうしてそこを離れても
居場所を残してくれる仲間に巡り会えたのも
あんくが居たから…
時間というプレゼントを与えて差し上げて下さい
幼いあんくを抱え途方に暮れていた頃、
主治医の先生が親の為の学習会で仰った
あんくの育ちを応援する為何よりも時間をあんくに費やせ…と
それは本気で向き合い、付き合え…という意味だったのだと今は思う
片手間で育てられるものではない…ということ
あの頃 色々な相談機関を巡り歩いたけれど
相談に訪れた先で
そんなことを言われることは無かった
もっと言葉がけを…
テレビに子守をさせないで…
と、言葉の遅れ=テレビばかり見させている=関わりが足らない
そういう先入観で指導されることはあったけれど
それらの助言は責め句のように聞こえて
哀しみや…怒りさえ覚え奥歯を噛みしめた
大変ですね…
いずれ治りますよ…
優しい言葉は同情や気休めに聞こえた…
どれも 人事だからこそ言えることだと… そう思えた
相談の専門機関でさえ 診断を先送りされることに不信感を抱いた
親の精神的な負担を思ってのことだったのかもしれない…
今ならそのことを理解することは出来ても
当時の私には 腫れ物に触るかのような対応がかえって痛かった
それより具体的な支援を一つでも知りたかった…
どうすれば平穏な生活が送れるのか…それだけを知りたかった
可哀想に…
あんくに対してそう言われることは自分が責められているように感じ
大変ですね… よく見てあげて下さい…
自分への同情の言葉は
あからさまに侮蔑の言葉を浴びせられるより傷ついた
弱点を晒すかのように
必要以上に明るく 聞かれる前にあんくのことを話してみたり
一見もう全てを受け容れているかのような前向きな発言をして
気丈に振る舞うことも…
傷つけられることを恐れるが故の
自己防衛に過ぎず
本当はきっと 恐れていた…
私はまだあんくの障害を
言葉で表すよりきっと 受け容れられてはいなかったのだと思う
弱音を吐いてしまえば際限なく駄目になってしまいそうで
無理矢理前を向いて立ち上がろうとただ足掻いていた
あんくの幼児期に通っていた療育で知り合った通称火曜日の会のメンバーと
久しぶりに会う…
毎週火曜日に療育があったから…
就学後も火曜日に時々集まっていたからそのまま「火曜日の会」…
単純なネーミングだけれど…(; ̄ー ̄A
うち二人は
つい先日も別の会合で顔を合わせたばかりだったけれど
あんく達の実際の療育や支援のより実践的な話は
やっぱりこのメンバーでなくっちゃ…??
と、今回この場を設けてくださった方の言葉をお借りする
あんくの幼児期も育ちも現状もご存知だからこその指摘も容赦なく
甘いことを言っていると 厳し〜い意見やお叱りを受けるのも常で…
お世辞や上っ面の対応ではなく
支援の実戦に繋がる具体的な助言や有用な情報をいただける
このメンバーでは 同期の療育の親の仲間だけれど
支援の実践においては特に教わることが多い…
自身の実践を語っても無関心に流されたり
ただ賞賛を受けたり持ち上げられて終わり…なんてことはない
少しでも成長が見られたら 一緒に喜び、参考にし合い、
失敗も悩みも語ることがそのまま学びに繋がる
その関係は今も変わりなく
だからこそ違和感もなく居られたのだな…と思う
居心地がいい…
人付き合いが苦手な私にこうしてそこを離れても
居場所を残してくれる仲間に巡り会えたのも
あんくが居たから…
時間というプレゼントを与えて差し上げて下さい
幼いあんくを抱え途方に暮れていた頃、
主治医の先生が親の為の学習会で仰った
あんくの育ちを応援する為何よりも時間をあんくに費やせ…と
それは本気で向き合い、付き合え…という意味だったのだと今は思う
片手間で育てられるものではない…ということ
あの頃 色々な相談機関を巡り歩いたけれど
相談に訪れた先で
そんなことを言われることは無かった
もっと言葉がけを…
テレビに子守をさせないで…
と、言葉の遅れ=テレビばかり見させている=関わりが足らない
そういう先入観で指導されることはあったけれど
それらの助言は責め句のように聞こえて
哀しみや…怒りさえ覚え奥歯を噛みしめた
大変ですね…
いずれ治りますよ…
優しい言葉は同情や気休めに聞こえた…
どれも 人事だからこそ言えることだと… そう思えた
相談の専門機関でさえ 診断を先送りされることに不信感を抱いた
親の精神的な負担を思ってのことだったのかもしれない…
今ならそのことを理解することは出来ても
当時の私には 腫れ物に触るかのような対応がかえって痛かった
それより具体的な支援を一つでも知りたかった…
どうすれば平穏な生活が送れるのか…それだけを知りたかった
可哀想に…
あんくに対してそう言われることは自分が責められているように感じ
大変ですね… よく見てあげて下さい…
自分への同情の言葉は
あからさまに侮蔑の言葉を浴びせられるより傷ついた
弱点を晒すかのように
必要以上に明るく 聞かれる前にあんくのことを話してみたり
一見もう全てを受け容れているかのような前向きな発言をして
気丈に振る舞うことも…
傷つけられることを恐れるが故の
自己防衛に過ぎず
本当はきっと 恐れていた…
私はまだあんくの障害を
言葉で表すよりきっと 受け容れられてはいなかったのだと思う
弱音を吐いてしまえば際限なく駄目になってしまいそうで
無理矢理前を向いて立ち上がろうとただ足掻いていた
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